お客様が普段使用している鍵(合鍵)には「MIWA」と刻印してあるものも多いと思います。
「MIWA」とは東京港区に本社、伊勢、玉城、盛岡に工場を構える創業70年を超える
国内シェア率トップの60%を占める国内錠前メーカーです。
それにともない、鍵(合鍵)の製造とシェア率もNo.1です。
創業者の和氣一郎は大正10年、東京帝大工学部の卒業論文で「世界に先駆けてロータリーエンジンの構想を
提案した」と言われている。
社名の「美和」は創業者:和氣一郎の「和」と「美しく和する」の意味を込めている。
2000年ごろより、美和ロック株式会社(MIWA)の鍵を採用している住宅が相次いで中国窃盗団により
簡単に開錠され被害が広がり、対策品も同様に開錠されて被害が多数あったが、美和ロック株式会社の賢明な
努力とさらなる開発により、中国窃盗団による被害が減少されました。
このころから様々な犯罪に対抗すべく商品の開発が進みました。
ロータリーディスクシリンダーの改良(U9)
サムターンカバー
ディンプルキー開発
防犯サムターン
CP錠の推奨
カム送り開錠対策錠前
etc
会社概要
美和ロック株式会社では、品質第一主義を貫き、世界一のロックメーカーを目指しています。
本社所在地:105−0014 東京都港区芝3丁目1番12号
設立:1945年5月5日
事業内容;ドアロック製造販売
代表取締役:和氣英雄
資本金:6億1000万円
売上高:500億円(2008年3月期)
従業員数:1557名
決算期:3月
主な取引先:デベロッパー、ホテル、公団、錠前取扱店、
取り扱い商品
建築用錠前、工業製品錠前、ドアクローザセキュリティシステム及び関連機器
サッシ金具、建築金具、他
高度成長期に業界標準となった錠前
昭和12年に「美和工業株式会社」(MIWA)が設立されました。
創業者の和氣一郎は、今でも金属加工技術の街として知られている東京都大田区に工場を作り、
生活用品、産業製品の製造を開始します。昭和20年には空襲の影響で三重県伊勢市に移転しますが、
まもなく終戦を迎えました。これを期に社名を「美和産業株式会社」(MIWA)に変更して、
戦後の新しい時代のニーズに合わせ、除草機用の刃物などの農機具、自転車の鍵、サッシ金具などを
製造していました、
このころの「鍵」(合鍵)にも鍵番号は書かれていました。
昭和25年に日本銀行の現金輸送箱の封印錠を手がけたのをきっかけに、根っからの技術者であった
和気一郎は、建築用錠前の研究開発に没頭していきます。
当時使われていた住宅用の錠前は、すごくシンプルなものが主流で、高級住宅にラッチボルト式のものが
使われている程度でしたが、これにデットボルトを加えてシリンダー内のタンブラーを増やし防犯機能を
強化しました、
その頃は、大量生産が難しかた鋳造が中心の素材でコストも高かったものを、金型とプレス技術により
生産性を高めてコストダウンに成功しています。
こうして完成度を高めていき、昭和30年には「本締付モノコックHM型」が誕生しました。
この年に、高度成長期に都市部で優良な住宅を供給することを目的に、日本住宅公団(現在の都市再生機構)
が発足。大規模な開発により錠前の大量需要が生まれましたが、鍵違いの多さと大量生産可能という特徴を
兼ね備えた「本締付モノコックHM型」が公団住宅用として指定され、その後日本の錠前の主流となっていきます。
創業者の和氣一郎は昭和35年に死去しますが、今でも技術者魂を錠前に注いだその遺志を継いで開発は続けられ、昭和40年には本社を東京港区に移転。住宅建設ブームとなった昭和47年には社名を「美和ロック株式会社」(MIWA)としました。
俺の合鍵(合カギ)では、美和ロックサービス代行店の承認を得て長年に渡りサービス提供をさせていただいております。
合鍵(合カギ)の提供が1日でも早く、安心、安全に届きますように日々努力しています。
錠前発売当時から「鍵」(合カギ)にはカギ番号が書かれています。
クレジットカード番号も財布に入れて普段他人に見せないと思います。
「鍵」(合カギ)に書いてある鍵番号も他人にわかると防犯力低下になりますので
しっかり管理してください。「鍵番号はあなたの家のパスワード」ですので
「他人に見せない、他人に貸さない、置きっぱなしにしない」
キーカバーなどをつけて犯罪抑止に努めていきましょう。